msgblog’s diary

ゲームの攻略や感想を記事にしています。また、最近動画投稿を始め、それに関する気付きなどにも触れています。

ひろゆきさん記事感想 あなたは奴隷か

こんにちは。本年もよろしくお願いします!

普段はゲームの攻略や感想を書いていますが、今日は毛色を変えて記事の感想を書いてみます。Yahooニュースにてひろゆきさんの面白い記事があったので、それについてレビューしてみます。

記事:https://news.yahoo.co.jp/articles/fe1642dd543f9dfd02d9005169c762468b76aabd

1. 記事概要
記事タイトルの「日本のみなさん、あなたは「奴隷」ですか?」にはじまり、読者が奴隷であるか否かをひろゆきさんが教えてくれるます。そして、その解答は『あなたは「奴隷」です。』だそうです。例外として、『警察間や介護士、清掃員など、「社会にとって必要な仕事をしている」』人や、「社会にとってムダだけど、好きだからやっている」人は奴隷ではありません。嫌々仕事を続けている人は「奴隷の幸せ」しか得られませんが、「給料は少ないけど好きな仕事」を選べるのなら、「奴隷じゃない幸せ」を得ることができます。

2. 解釈
ひろゆきさんの主張は少々ややこしいため、ここで整理してみましょう。

(1) 「奴隷」の意味
goo国語辞書によると、「奴隷」には次の2つの意味があります。
1 人間としての権利・自由を認められず、他人の私有財産として労働を強制され、また、売買・譲渡の対象ともされた人。古代ではギリシャ・ローマ、近代ではアメリカにみられた。
2 ある事に心を奪われ、他をかえりみない人。「恋の―」「金銭の―」

出典:https://dictionary.goo.ne.jp/word/%E5%A5%B4%E9%9A%B7_%28%E3%81%A9%E3%82%8C%E3%81%84%29/

もちろん、ひろゆきさんのいう「奴隷」とは1の意味でしょう。ただし、ひろゆきさんはおそらく「奴隷」を拡大解釈しています。現代社会では、誰もが権利や自由を保障されており、その面で1の意味の奴隷は一人もいません。しかし、学歴や自分の能力を考慮すると、実質的に選ぶことができる会社は限られています。会社を辞める自由はあるものの、給料が安い会社に転職するくらいなら、多少不満があっても今勤めている会社を続けた方がマシと考える人は結構多そうです。ひろゆきさんはそういった人たちについて、皮肉を込めて「奴隷」と呼んでいるようです。

(2) やりがいの有無と奴隷の関係
ひろゆきさんは、仕事にやりがいを感じていても、それだけで奴隷でないとは言えない、と指摘しています。理由は、アメリカの奴隷もやりがいを感じていたからです。「嫌々働いているけど、まあ、これも悪くない」と感じている人は奴隷には違いないそうです。

(3) 奴隷の判定方法
ひろゆきさんはある方法で人を奴隷であるか、そうでないか判断していると思われます。その方法を考察してみました。フローで示すと次の図のようになります。
 

f:id:msgblog:20220109113300p:plain図:奴隷判定フロー

まず、社会に貢献する仕事であるかどうかがカギです。具体的には警察官や介護士などは「社会にとって必要な仕事をしている」ので、奴隷ではありません。反対に、普通の会社員は社会に貢献していません。彼らは資本家や経営者のためだけに働いていて、「奴隷主や資本家が金儲けするため」に働いている奴隷と大差ないためです。

次に、社会に貢献していなくても自分の好きな仕事をしていれば奴隷ではありません。社会に貢献していないが、奴隷でもない典型はYoutuberやメディア企業です。一方、今の仕事が好きでない人は奴隷です。嫌々ながらも働き続けている人たちは奴隷に含まれるため、注意しましょう。

(4) ひろゆきさんにとっての「奴隷」
結論として、ひろゆきさんにとっての奴隷とは社会に貢献しておらず、「嫌々働いているけど、まあ、これも悪くない」と感じている人です。逆に、社会貢献している人や、給料は少なくても、好きな仕事をしている人は奴隷ではありません。

3. 感想
最初に、ひろゆきさんが一般的な会社員は社会に貢献していないとみなしていることに落胆しました。世の中の多くの会社は社会にどのように貢献しているか表明していますし、実際に貢献しています。ひろゆきさんの目線だと、これらの社会貢献も会社の利益のためであり、それにより喜ぶのは経営者や資本家だけだと考えてらっしゃるのでしょう。

次に、警察官や介護士などが社会に貢献しているから奴隷ではないという理屈にも疑問を持ちました。もちろん実際には高い志を持って公僕として働くという方もいるでしょうが、公務員などで所属している組織に不満を持ちながら我慢して働いている人や、安定志向から公務員を志望する人もいるでしょう。彼らの中には「嫌々働いているけど、まあ、これも悪くない」と感じている人がいるかもしれません。会社員が資本家や経営者のために働いているなら、彼らは国や地方自治体のために働いているのであり、さしずめ「国(地方自治体)の奴隷」とでも呼ぶべきではないでしょうか。

「やりがい」についても少々曲解しているところがあるように思います。嫌々出勤したり残業したりして「やりがい」を感じる方もいるかもしれませんが、それだけがやりがいではないはずです。例えば、会社で出世すれば部下に仕事を指示でき、仕事の進め方を自分で決められます。自分で判断できる仕事はやりがいが得られますし、奴隷的でもありません。そういう将来を目指して、あえて同じ会社で働き続ける人は立派です。

最後に、ひろゆきさんでなく管理人の個人的な奴隷の考え方を書いてみます。管理人の考えでは奴隷とは「上司や会社の言いなりになっている人」だと思います。上司に自分の意見を言わず、素直に従っている人って結構いますよね。彼らは上司の指示通りに動いている人たちですが、それこそ奴隷と同じだと思います。別に上司に逆らえと言いたいわけではないですが、上司の判断が完璧ということはありません。現場を知っている部下の方が正しい判断ができるということはあり得るので、建設的な意見は提案するべきです。そうできる人は奴隷的ではないし、ゆくゆくは会社に、そして社会に貢献できる人だと思います。

どうでしょうか。皆さんはひろゆきさんの考え方に納得できますか。意見などありましたら是非ともコメントをお願いします。

以上です。最後までお読みいただきありがとうございました!